アパレル販売員とアパレル業界を応援するメディア

FASHION デザイン

ファッション通信

投稿日:2014-11-12 更新日:

IMG_0397
私がファッション通信を視聴していたのは
恐らく中学から専門学校に掛けて。
おかしいんじゃない?と自分で思うほど、子供の頃の記憶がほとんどないのですが
ファッション業界に入りたいと思ったきっかけの1つであったことは確か。
(ちなみにもう1つは“あるマンガ”だっだりする)

以前にも書いてますが、ショーの解説している画面を見ては
「この両脇に薄暗く映ってみたいなぁ」と思っていたものでした。
(それが今では写す側もするようになるとは…)
私と同年代の人でこの業界にいる方のほとんどがこの番組に影響されて
ファッション業界に入ってきたのではないでしょうか?
いかがです?

そして、先日。
この番組を作ったファッションジャーナリスト 大内順子氏が亡くなりました。
私のTLにモデル時代の大内さんとファンファン大佐(岡田真澄さん)の写真が
流れてきたのですが、いやぁお美しい。「これ日本人か?」って思いましたわw
その写真が掲載されているのが、 FASHION POSTの大内順子氏インタビュー 前編。

ファッションジャーナリスト 大内順子氏インタビュー 前編

ファッションジャーナリスト 大内順子氏インタビュー 後編

この記事は掲載すぐにも読んだのですが、再読してみると心に刺さるお言葉がたくさん。
中でも、今の私のはこの言葉を自分に贈ろうかと…

甘えないことね。パリは、日本以上に厳しいわけ。世界中から人が集まるパリでは、ちょっとやそっとのやり方で、通用するはずがない。いろんなことを考え て、工夫する。まずは自分のいる場所でね。ガリアーノもマックイーンも、イギリスで芽を出して引き抜かれてきたでしょう。それがアメリカからもくる。そも そもパリのなかにも山ほどいるのよ。どうしたら振り向いてもらえるのか。その前に、自分の才能を見極めることも大事だけどね。でもきっと、才能があると自 分で信じているからやっているわけなんだろうけど。信じるっていうのも大事なこと。ただ、誰かが道を開いてくれると思ったら大間違い。以前、政府がかなり のお金を出してサポートした時代があったけど、ほとんど全員がダメになった。甘えが出たのね。結局は、自分でいかによじ登っていくかよ。さらにいえば、 登っていった先には、決して尊敬できない人も多いわ。でも、それくらいの覚悟じゃないとできない。人と同じことやってもダメ。道は自分で見つけなきゃ。結論としては、そうじゃないかしら。どこの世界もそうよ。

大内さんが活躍した時代は、日本に物も情報もない時代だったから、テレビでファッション情報を
ちょっと流せばみんな飛びついくる世の中。
所謂『バブル時代』で、当時を経験した人曰く「商品を置けば売れる」っていうやつですわ。
そんな時代だから、大内さんが成功した、ファッション業界も盛り上がった。
と言われれば、そうかもしれません。間違いないと思う。
一昔どころか、二昔前の話になるわけですが、その頃の面影を引きずっているところがあるなぁ
とインタビューを読みかえしながら感じるところがありました。
諸先輩方が切り開いた風穴はだいぶ大きく広がったと思います。

さぁ、この風穴をこれからどうするかが問題。
更に大きくする?
ちょっと違う場所に開けてみる?

TAGS